お役立ちコラム

就活生の「蛙化現象」はなぜ起きる?
~学生・新入社員の不安を解消するためのコミュニケーションとは~

2023年12月22日
  • 人事調査・研究

学生の高かったモチベーションが、内定や入社をきっかけに急激に下がり、内定辞退や早期離職につながってしまう......そんな就活生・新入社員の「蛙化現象」は、なぜ起きるのでしょうか?
この記事では、「蛙化現象」の要因となる就活生・新入社員の不安に焦点を当て、不安を解消するための採用コミュニケーションのあり方について紹介します。不安解消のためのコミュニケーションは、内定辞退や早期離職の防止にもつながりますので、ぜひ参考にしてみてください。

1.「蛙化現象」とは

「蛙化現象」とは、本来、恋愛において見られる現象として、「自分自身が好意的に感じていた相手が、自分に対し好意を持っていることが明らかになると、それがきっかけとなって、その相手に対して生理的な嫌悪感を持つようになる現象」と定義されています。グリム童話にある「蛙が王子様に変わる」というお話とは逆で、王子様が蛙に変化してしまうというわけです。
就職活動においては、「内定や入社をきっかけに、学生や新入社員のモチベーションが急激に下がる現象」を指して、「蛙化現象」という言葉が使われています。
 
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2.学生の志向の変化

まずは、就職活動における蛙化現象の背景にある、学生の志向の変化について確認します。

● 「ファーストキャリアとして納得できる企業選び」を重視

昨今の学生の志向の特徴として、以下の3つのポイントが挙げられます。

・安定志向

・自分で選択できないことに対する不安の強さ

・転職という選択肢の身近さ

まず一つ目は、「安定志向」です。リクルートマネジメントソリューションズが行った「2024年新卒採用 大学生の就職活動に関する調査」(※)では、学生が仕事に求めることの1位は「安定」でした。また、企業への応募のきっかけや、内定受諾の最終的な理由を尋ねる質問からは、勤務地の重視度が高まっている傾向が見られました。不確実性の高まる社会の中で、ライフスタイルを大きく変えたくない、イメージのつく働き方を選びたいという安定志向のあらわれと考えられます。

二つ目は、「自分で選択できないことに対する不安の強さ」です。一つ目の安定志向とも関わりますが、個性尊重の教育を受け、多様な選択肢から自分に合うものを選ぶことが当然とされる社会で育った世代であるため、自分に合わない条件や自分で選択できないことに不安を感じる傾向があります。

三つ目は、「転職という選択肢の身近さ」です。転職に関する情報の流通が増えたことで、新卒の就職活動時点から転職が選択肢に入っているといえます。
これらのことから、学生の中では「安定した企業に入り、身を任せながらキャリアを築いていく」というよりも「自分に合う条件の企業を自分で選ぶ」という意識が強まっており、ファーストキャリアとして納得できる企業選びを重視していることが考えられます。

※「2024年新卒採用 大学生の就職活動に関する調査」の結果については、以下の記事も併せてご覧ください。

  >>2024年新卒採用 大学生就職活動調査 採用・就職活動の動向と、学生の志向・価値観の変化

● 学生の入社予定企業への納得度

では、学生の実際の納得度はどのようになっているのでしょうか。
まず、入社予定企業等への就活開始当初の志望度を見てみると、第一志望群への入社予定が増加していることがわかります。これは、売り手市場の加速により第一志望群に入社しやすくなっていることに加えて、就活の早期化により企業選びの軸が不明確なまま就活をスタートすることで、第一志望群の幅が広くなっている可能性も考えられます。
一方、入社予定企業等に就職することへの納得度は約7割で推移しており、就職先への納得感を持つ学生の割合は増加していないことがわかります。

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3.「蛙化現象」の要因―「本当にこの会社で良いのか」という不安

納得を求めながらも納得できていない状態、つまり「本当にこの会社で良いのか」という不安を感じている状態が、就活における蛙化現象を引き起こしていると考えられます。蛙化現象の要因となる「本当にこの会社で良いのか」という不安について、その背景にあるものを見てみましょう。

● 就職先を決めるという意思決定の難しさ

内定をきっかけに生じる「本当にこの会社で良いのか」という不安は、「蛙化現象」という言葉が生まれる前からあり、極めて自然なものです。なぜなら、就職先を決めるという意思決定は、以下の理由により学生にとって非常に難しいものだからです。

・無数にある多種多様な企業の中から、限られた情報を基に判断しなければならない(入社して働いてみないとわからないこともある)

・1社に決める=他のすべての選択肢を捨てることであり、利得よりも損失を重く見る「損失回避」の思考が働く

大学等の進路決定においては選抜基準が明確で情報がふんだんにあることを考えると、就職先の決定は、多くの学生にとってそれまでの人生で最も難しい意思決定ということができるかもしれません。

● 安定志向の強まり

前節で紹介したとおり、不確実性の高まる社会の中で、安定志向や自分に合うものを自分でしっかり選びたいという意識が強まっています。こうした意識の強まりが「本当にこの会社で良いのか」という不安を生じやすくさせていると考えられます。

● 自己理解・企業理解の不足

また、学生の自己理解や企業理解の不足も不安を生む要因となります。就活の早期化により自分のやりたいこと・ありたい姿が不明確なまま選考が進んでしまったり、選考の迅速化やオンライン化によって企業との密なコミュニケーションが不足したりすることで、学生の自己理解や企業理解が深まらないまま内定に至っている可能性があります。

4.内定・入社をきっかけに生じる不安

蛙化現象の要因として「本当にこの会社で良いのか」という不安が生じやすくなっていることを紹介してきましたが、具体的に不安を感じているポイントは人それぞれです。ここでは、内定や入社をきっかけに生じる不安の具体的な内容を紹介しますので、学生や新入社員の不安を把握する際の参考にしてください。なお、不安解消のためのコミュニケーションについては、次節で紹介します。

● 内定をきっかけとした不安

内定をきっかけとした不安には、次のイラストのとおり、「不確定要素や条件への不安」「軸が不明確なことによる不安」「内定後に得た情報への不安」「企業からの評価に対する不安」があります。

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●入社をきっかけとした不満・不安

入社をきっかけとした不満・不安には、次のイラストのとおり、「配属や仕事内容への不満」「人間関係への不満」「職場や会社の風土への不満」「自分の選択に対する不安」があります。入社してみないとわからないことや、想定と現実とのギャップ(いわゆる「リアリティショック」)は少なからず存在するものですが、内定後の不安をそのままにし、やりたいこと・ありたい姿が明確にならないまま入社することで、こうした「何となく今よりもっと......」という不満や不安が生じやすくなっていることが考えられます。

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5.不安解消のための採用コミュニケーションとは

学生や新入社員の不安を予防・解消するためには、採用コミュニケーションにおいてどのようなことに注意すればよいのでしょうか。そのポイントを紹介します。
なお、最終的に不安を解消し、意思決定をするのは学生自身です。企業は、学生の懸念や不安を言語化したり客観的な助言を与えたりすることで、本人の判断や行動を後押しする存在であることを意識するとよいでしょう。

● 不安の原因は、4つの理解の不足

学生の不安の原因は、「自己理解」「相互理解」「仕事理解」「企業理解」の4つの理解の不足として整理することができます(下図参照)。企業は学生の状態を把握した上で、それぞれの理解を促すようなフォローをしていくことが重要です。

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● 特に重要な「自己理解」

これらの理解の中でも、特に重要なのは自己理解です。なぜなら、自己理解、すなわち自分の強みや持ち味についての理解、やりたいことやありたい姿、働く上で本当に大事にしたいことは何かといったことについての理解は、自分に合う仕事や企業を判断するにあたっての基礎となるものであり、入社後にいきいきと働いていく上でも必要だからです。
一方で、前出の「2024年新卒採用 大学生の就職活動に関する調査」の結果では、就活を経ても自己理解ができていると思う学生は約6割にとどまっています。学生自身が継続的に自己理解を深めていくことに加えて、企業としても対話を通じて学生の自己理解を促していくことが重要だと考えられます。

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内定者・新入社員の自己理解の促進については、以下の記事も併せてご覧ください。
>>内定者・新入社員の早期立ち上がりを左右する「自己理解」必ず実施すべき初期教育とは

● 自己理解を促進し、納得感を醸成する「フィードバック」

学生の自己理解を促進するための具体的な方法として、面接や面談におけるフィードバックがあります。対話を通じて把握した学生の人物像をフィードバックし、その学生に合わせた情報提供や、自社との合致点・具体的な活躍イメージの提示を行うことで、学生の被理解感や納得感を醸成することにもつながります。
フィードバックのポイント(3ステップ)については、下図を参照してください。

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● ネガティブな情報も含めた情報開示(RJP)

学生の企業理解を促し、納得感を持ってもらうためには、ネガティブな情報も含めた現実主義的な情報開示(RJP:リアリスティック・ジョブ・プレビュー)を行うことが重要です。仕事のやりがいや魅力と合わせて、働く上で大変なことや努力が求められることといったネガティブな情報も開示することで、より具体的な働くイメージの醸成につながります。また、入社後のリアリティショックを予防する効果もあります。

● 内定後・入社後も不安を把握し、対話する

前節までで紹介したとおり、安定志向や選択への納得を求める意識の強まりなどから学生・新入社員の不安が生じやすくなっていると考えられる一方、その内容や原因は人それぞれです。企業は、内定後や入社後も、学生・新入社員が不安に感じている点や重視している条件を把握し、その基になる志向(仕事を通じて何を得たいか・どうなっていきたいか)や価値観(何を大事にしたいか)を巡って対話をすることが重要です。
もちろん、すべての不安を解消するということは難しく、本人の希望どおりにいかないこともあるのが現実のはずです。本人が抱える不安の中には、思い込みによるものや、今悩んでも答えが出ないものもあるかもしれません。そのような場合でも、否定せずにまずは学生・新入社員の話に耳を傾ける姿勢を持つことが大切です。そして、対話を通じて不安の奥にある本人の願望や大事にしたいことを引き出し、それらを踏まえて今後のキャリアや働く意義について確認していくことが重要といえるでしょう。

※参考文献
吉田光成・山田茉奈・下斗米淳(2020)向けられた好意を拒絶することは苦しいことなのか?(1)―恋愛における"蛙化現象"の実存性と体験された困難さの定量的検討―日本教育心理学会総会発表論文集 62 (0), 256



93_img_16.jpg  執筆
   株式会社リクルートマネジメントソリューションズ
   HRアセスメントソリューション統括部 研究員
   橋本 浩明
  
  「2024年新卒採用 大学生就職活動調査」の実施・分析および
  面接者・リクルーターを対象とする採用関連トレーニングの開発を担当。